ついに終わる、豊島の産廃問題

2017年3月末、ついに豊島の産廃撤去が完了するみたいです。

掘り出されるゴミは当初50万トンと想定されていたようですが、掘り進めるごとにどんどん見つかり、最終的に約90万トンというとてつもない量に。

よくもまぁ、こんな量のゴミを埋めたもんです。

豊島事件とは

事の発端は、1975年。「豊島総合観光開発株式会社」という業者が産廃処理業の許可を香川県に申請します。

事件の犯人はこの会社の実質的な経営者である専務。もともと広島県で砂利の採取や埋立をしていましたが、親の代から豊島に移り住み、購入した豊島の土地で事業を始めます。

専務は乱暴者で前科もあり、島の住民に警戒されていたようです。森友学園の理事長みたい。「金のためなら何でもやる」という感じです。

そんな人が「産廃事業を始める」と言うから、住民は猛反対。デモ行進・訴訟を起こして県に抗議します。

何としても産廃を進めたい専務は「木屑、食品汚泥など無害な産廃を利用してミミズの養殖をする」という意味のわからない事業申請で、反対運動の矛先をそらします。

ミミズ

結局、1978年に許可がおりてミミズの養殖が開始されます。でも、当然そんなことはすぐに止めて、1983年には無許可で産廃の受け入れを始めてしまいます。

ちなみに、会社の社長は専務の奥さん。抗議活動が行われていた時、専務が住民のひとりに暴行を働き逮捕。刑事事件を起こした人が社長になるわけにはいかないので、社長の名義が奥さんの名前になっているようです。

7年も続いた不法投棄

産廃の不法投棄が始まったのは1983年。それが止まったのは1990年。約7年間もの間、不法投棄は続けられたのです。得体のしれないゴミや液体がダンプカーで運ばれ、燃やされ、騒音と悪臭が島を覆い、住民や観光客を苦しめました。

もちろん、島の住民は何もしなかったわけではありません。1984年から幾度となく行政に訴えます。しかし、行政は下手な言い訳で抗議をかわし、見て見ぬ振りを続けます。何度も視察して気が付かないわけないのに。。。

そんなことをしている間にも不法投棄は続き、煙害による喘息などの健康被害や、海の汚染が深刻化していきます。

兵庫県警の強制捜査

1990年、ようやく兵庫県警が動き業者を摘発。「ミミズ養殖を装った産廃の不法投棄」という容疑でしたが、そんなことは捜査するまでもなく明らかなこと。当然、翌年に逮捕されて産廃の不法投棄が止まります。

香川県警ではなく兵庫県警が動いたというのは驚き。「産廃処理を依頼していたのが兵庫の企業だった」とか、「兵庫県警の本部長が正義感の強い国松さん(オウムにおそわれた人)だったから」とか、「瀬戸内海は地理的に警察の管轄が重なる場所だったから」とか、いろいろな理由があるみたいですが、本当のところは不明です。

ただ、いずれにしても対応が遅すぎます。お金のために癒着した業者と行政の悪だくみによって、すでに取り返しのつかない惨状まで追い込まれた豊島。

69,000㎡とも言われる広大な土地に大量のゴミが放置されました。それもただのゴミではありません。廃油・廃酸・有害物質・自動車の破片など、どうやって処分していいかもわからないゴミの集まりです。

そんなゴミ山の撤去に向けて、再度住民が立ち上がります。

ここからが本当の戦い

業者が摘発された直後、住民は県に対して「業者による産廃の撤去」を求めます。要請を受けた県は、業者に対して産廃の撤去を命令。

しかし、不法投棄するような会社がそんな面倒なことをするわけがありません。ちょっとドラム缶を処理して放置。県も「おおむね撤去が完了して、もう大丈夫」という無責任な宣言をします。

県はどうしても事件をうやむやにしたまま終わらせたかったんですね。

でも、そんな時に「県と業者の癒着」が明らかになり、住民は激怒。1993年に「香川県」及び「業者」を相手取って国に公害調停を申請します。

住民の要望は「県の謝罪」と「島の原状回復」。1,000人足らずの住民が行政に対して途方もない戦いを挑むことになります。

最終合意まで7年間

7年間の間に行われた公害調停の会議は36回、寄り合いや会合は6,000回。その間に住民たちは1億円もの実費負担をしたそうです。

とんでもない額です。そもそも産廃で苦しい思いをしているのに。

唯一の救いは無報酬で弁護団が動いてくれたこと。強い信念を持ったこの弁護団がいなければ、間違いなく問題は解決に至らなかったと思います。

また、国も2億3,600万という巨額費用を投じ、産廃が放置された土地を調査。放置されたゴミはとても有害で、土壌・地下水にまで汚染が広がっていることを明らかにします。県の安全宣言を完全に否定したわけです。

弁護団に後押しされた住民の熱意、国による有害性の立証により、徐々に世論も県の体制を批判するようになっていきます。

そして、ついに最終合意が2000年6月に成立。「県が主体となって廃棄物を撤去・融解処理すること」が決まり、県は住民に謝罪しました。

14年にわたる処理作業

産廃の処理が始まったのは2003年4月。そしてその処理が完了しそうなのは今月の2017年3月末。その間、なんと14年。

「もの凄い時間がかかってるな」って思いましたが、91万トンを「ジャンボジェット機」に換算すると、6000個分(1機=150トンで計算)。

飛行機

しかも、処理の最中に「ゴミの爆発事件」や「現場での火災事件」が起きたこともあり、安全に配慮しながらの作業。

それは、時間かかりますね。

それもようやく終わり。住民の戦いにも終止符が打たれるわけです。

自然に恵まれた美しい豊島

豊島は本当に綺麗な島です。

豊島の風景

他の島に比べて山や森のイメージが強く、食も豊か。そんな豊島が負の遺産から解放され、さらに美しく生まれ変わっていくのは喜ばしいことです。

産廃という重荷が外れれば、今以上に島の活性化に注力できるはず。そうすれば、島の見どころやアートがさらに増えるかもしれません。

整備された土地も、今後の豊島の発展のために活用されるはず。どんなものが生まれてくるのか、楽しみです。