直島って明らかに岡山側

大槌小槌

直島に行くとよく見る、三角形の島。

前から何となく「これはなんていう島だろう」、と思っていたんですが、大槌島・小槌島っていうらしいです。(写真に写っているのは大槌島かな)

地図のちょうど中央にある、小さな真ん丸の島が大槌島で、その下にある五色台近くの島が小槌島です。

地図の上が本州(岡山)で、下の陸地が四国(香川)。本州と四国が最も接近した海域にあって、昔から良い漁場として知られており、漁場争いも多かったとか。そのど真ん中にあるのが大槌島。

「へ~、確かに直島に近い。ちょくちょく見かけるわけだ」、なんて考えながら地図を見てた時に、はじめて気が付きました。

直島、どうみても岡山寄り!!!

なんで香川の管轄に?

平安時代末期の書物に、「備前国(岡山側)に属していた」とも、「讃岐国(香川側)に属していた」とも記されていて、その頃からどっちの領土だというのは、はっきりしていなかったようです。

明治維新以降はさらに複雑で、

1868年:高知藩
1871年:丸亀藩(同年に香川県)
1873年:名東県(徳島)
1875年:香川県
1876年:愛知県
1888年:香川県

と、それはそれは目まぐるしく領土を争ってます。最終的には香川県に落ち着いて、そのまま現代に至ります。

狭い岡山の海域

近代において目まぐるしく変わる直島の所有者ですが、ここに岡山側の名前はありません。それどころか、大槌島以西の島々も、その多くは岡山以外の所有となっています。

その事実に関する伝説として「樽流し伝説」というものが存在します。

大槌島以西の島々の境界を決める際に、備前側の菅野彦九郎が大槌島から樽を流してその海流によって境を決めようと発案し、幕府の検分役立会いのもと樽を流したが、潮流が事前に行っていた実験時のそれとは大きく異なり、その時間の潮流を読んでいた讃岐側に有利な結果になったと言うものである。

引用:Wikipedia

んー、なんとも可哀想な備前。

でも、これは後の世で生まれた作り話のようで、実際に起こったことではないらしいです。それだけ香川側が島を占領しすぎじゃないか、という想いが強かったんですね。岡山の所有する有人島は犬島だけのようですから。

後ろに広大な土地がある岡山側と、四国山脈に阻まれた香川側では、島に対する執着心が違ったんでしょうか?塩飽諸島の話というのもあるようですが、それも結局は香川側に吸収されていますし。

当時のその頑張りが、今の瀬戸芸の恩恵を生み出してると言えるかも。香川在住者としては感謝。